アンザック・メモリアル(シドニー)|120,000の星と静寂の戦争記念館

セント・メアリー大聖堂を出ると、目の前にはもう公園が広がっていました。ハイド・パークです。

2026年7月、シドニーのひとり旅。大聖堂と道路を一本はさんだだけで、そこはもう緑の別世界でした。ビルに囲まれた街の真ん中に、こんなに大きな公園と、静かに戦争を悼む場所があるとは思っていませんでした。この記事は、その公園と記念館を歩いた午後の記録です。

目次

都会のオアシス、ハイド・パーク

ハイド・パークは、じつはオーストラリアでいちばん古い公園なんだそうです。総督マッコーリーが1810年に「公園」として定めた場所で、名前はロンドンのハイド・パークから取られています。200年以上、街の真ん中で緑を守り続けてきた場所です。

ハイド・パークのアーチボルドの噴水。中央にアポロのブロンズ像が立ち、放射状に水が噴き上がる。背景は木立とビル群

公園に入ってまず目を引くのが、この立派な噴水。アーチボルドの噴水です。中央にはギリシャ神話の神アポロが立ち、そのまわりで水が勢いよく噴き上がっていました。

この噴水は1932年に完成したもので、設計はフランスの彫刻家フランソワ・シカール。「ブレティン」という雑誌の創刊者J・F・アーチボルドが遺したお金で造られ、第一次世界大戦で結ばれたオーストラリアとフランスのつながりを記念しています。ただの飾りではなく、ちゃんと意味を持って街の入口に置かれているんですね。

のんたん

朝の少し傾いた光に、水しぶきが白く光ってきれいでした。噴水の前のベンチで地元の人がのんびりコーヒーを飲んでいて、旅の途中なのにこっちまで肩の力が抜けていくようでした。

ハイド・パークのイチジク並木の散歩道。大きな木々が頭上でアーチを描く緑のトンネル

噴水から奥へ進むと、大きな並木道が続いていました。イチジクの巨木が頭の上で枝を伸ばし、緑のトンネルになっています。木漏れ日の下を歩くだけで気持ちのいい道でした。

ノリス

この並木道、気持ちいいだけじゃないんですよね。噴水と戦争記念館を一直線に結んで、人の足を自然といちばん大事な場所へ導く。公園全体がそういう設計になっているのが面白いんです。

並木を抜けた先、アンザック・メモリアル

並木道を歩ききると、正面に細長い池と、その奥にどっしりとした砂色の建物が現れます。アンザック・メモリアル(戦争記念館)です。

追憶の池の水面にアンザック・メモリアルの建物が映り込む。背後にシドニーの高層ビル群

手前の池は「追憶の池(Pool of Reflection)」。名前のとおり、建物がそのまま水面に映り込みます。この日は風もなく、鏡のようでした。

記念館はアール・デコ様式で、1934年に完成。設計は建築家ブルース・デリットと彫刻家レイナー・ホフです。「ANZAC」はオーストラリア・ニュージーランド軍団の頭文字で、ここは第一次世界大戦の戦没者を悼む、ニューサウスウェールズ州の中心的な記念館です。そして入場は無料。誰でも静かに入って、手を合わせられる場所でした。

アンザック・メモリアル南側のカスケードと手前の円形噴水、奥に記念館の建物

建物の南側は、水が階段状に流れ落ちるカスケードになっていました。この一段下がった広場から、地下の展示室へと入っていく造りです。上は祈りの空間、下は学びの空間、と役割が分かれているんですね。

のんたん

池に映る建物を見ていたら、自然と声が小さくなりました。観光地なのに、みんなどこか静かに歩いていて。場所の空気って、こうやって人の振る舞いまで変えるんだなと思いました。

記念館の中へ——静寂の間と、120,000の星

建物の中に入ると、天井が高く丸く抜けた大きな空間があります。「記念の間(Hall of Memory)」です。中央の床が円く切り取られていて、そこから一段低い「静寂の間」を見下ろすと、一体のブロンズ像が横たわっていました。

アンザック・メモリアル内部、静寂の間に横たわるブロンズ像『犠牲』を記念の間から見下ろした構図

「犠牲(Sacrifice)」と名づけられた像です。盾の上に横たわる若い戦士を、母・妻・姉妹の三人の女性が下から支えています。戦った本人だけでなく、その人を送り出し、遺された家族もまた戦争を背負ったのだ——そういうことを、言葉ではなく像の形で伝えてくる作品でした。

ノリス

見上げると天井は一面の星で、その数120,000個。大恐慌のさなか市民が一つ2シリングで買って資金を集めたそうで、募金の記録をそのまま建物に刻む発想が、静かにすごいなと思います。

アンザック・メモリアルの石壁に刻まれた第一次世界大戦の戦地名(SOMME、YPRES、AMIENS など)

壁には、彼らが戦った土地の名前が刻まれていました。ソンム、イーペル、アミアン、ヒンデンブルク線……。学校の世界史でしか見なかったヨーロッパの戦地の名前が、地球の反対側のこの石壁に並んでいる。ここから遠い戦場まで送られた人がいたのだと、名前の列がそのまま物語っていました。

展示室で、日本の「日の丸」と向き合う

地下の展示室は、2018年に新しく増設されたスペースです。軍服や日記、勲章、実際に使われた無線機や自転車まで、たくさんの品が丁寧に並べられていました。

アンザック・メモリアル地下の展示室。ガラスケースに軍服や勲章など第一次世界大戦の遺品が並ぶ

一つひとつが「どこかの誰か」の持ち物で、その人がどう生き、どう戦ったかが短い解説とともに添えられています。英雄の物語というより、名前のある個人の記録、という展示のしかたでした。

その中で、僕の足が止まった展示がありました。

展示ケースの中の、墨で寄せ書きが書かれた日本の日の丸の旗とオーストラリア空軍の軍服

一枚の、日本の日の丸でした。白い布に、墨で名前や励ましの言葉がびっしりと寄せ書きされています。出征する兵士に、家族や友人が寄せ書きをして手渡した「寄せ書き日の丸」です。この旗は、あるオーストラリア兵が戦地から持ち帰ったものとして展示されていました。

のんたん

日本語で書かれた名前を、地球の裏側のガラスケースの中で読むことになるとは思ってもみませんでした。この旗を書いて渡した家族は、どんな気持ちだったんだろう。無事に帰ってきてほしい、その一心だったはずです。しばらく、その場を動けませんでした。

この旗を持っていた人にも名前があって、送り出した家族がいました。旗を持ち帰ったオーストラリア兵にも、同じように帰りを待つ家族がいたはずです。どちらが正しいという話ではなくて、戦争というものが、両側にいた一人ひとりから、こんなにも個人的なものを奪っていく。そのことが静かに胸に残りました。二度とこういう旗が生まれない世の中であってほしいと、素直に思います。

ノリス

この記念館、味方の英雄譚だけを飾る場所じゃないんですよね。相手側の遺品まで名前ごと、敬意をもって展示している。勝った側の物語ではなく戦争そのものを見せようとしているのが伝わってきます。

観光気分でふらりと入って、思いがけず、この旅でいちばん静かな気持ちで外に出てきました。ハイド・パークの緑と、この記念館。にぎやかなシドニー観光の合間に、こういう時間があってよかったと思います。

★ ハイド・パークとアンザック・メモリアルの総合評価

★ 総合評価(ひとり利用・2026年7月訪問)

観光・体験の満足度 ★★★★★(オーストラリア最古の公園ハイド・パークと、州の中心的な戦争記念館という格の揃い踏み。天井の120,000の星、盾の上の「犠牲」の像、寄せ書き日の丸の展示など、ここでしか見られない一次資料が濃く、散歩と鎮魂を一度に味わえます)
ひとり・出張での使いやすさ ★★★★☆(一人で静かに歩き、考えるのにとても向いた場所です。記念館は9〜17時。主題が戦争なので、軽く時間をつぶす場所というより、少し心を整えて向き合う場所だと思います)
コスパ ★★★★★(公園も記念館も展示室も、すべて無料。これだけの建築と展示を無料で見られるのは、費用対効果が突出しています)
アクセス・利便性 ★★★★☆(シティ中心部のハイド・パーク内で、セント・メアリー大聖堂の真隣。ミュージアム駅・セントジェームズ駅にはさまれ公共交通でとても行きやすい一方、CBDなので車・駐車場は不向きです)

📖 この旅の全体まとめ(1泊2日の全行程)はこちら

このクラスターの全体まとめはシドニーソロ旅まとめ|ANA修行×お得ビジネスで巡る世界遺産1泊2日でまとめています。あわせてどうぞ。

施設情報

【施設名】ハイド・パーク/アンザック・メモリアル(Hyde Park / Anzac Memorial, Sydney)
【所在地】Hyde Park South, Liverpool St, Sydney NSW 2000, Australia
【営業時間・定休日】ハイド・パークは常時開放。アンザック・メモリアルはおおむね9:00〜17:00(クリスマス・グッドフライデーは休館)
【料金目安】公園・記念館・展示室ともに無料
【アクセス】シティ中心部。セント・メアリー大聖堂の真隣。ミュージアム駅・セントジェームズ駅から徒歩すぐ
【公式HP】アンザック・メモリアル(anzacmemorial.nsw.gov.au)
※開館時間や展示内容は変わることがあります。最新の状況は、必ず公式HPをご確認ください。

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